2010年6月号
特集1  - グリーン・イノベーション
リチウムイオン電池
発火に至るメカニズムを探る
顔写真

山木 準一 Profile
(やまき・じゅんいち)

九州大学 先導物質化学研究所 先端素子材料部門 エネルギー 材料分野 教授


聞き手:登坂 和洋 Profile



エネルギー密度をより高め、コストを下げることを目標に世界のリチウムイオン電池メーカーはしのぎを削っているが、温度上昇を極力抑え、発火の危険性を小さくする「安全性」も大きな課題である。ひとたび発火などの問題が起きれば、業界に及ぼす影響は計り知れない。安全性を中心に研究を進めてきた山木準一・九州大学教授にポイントを聞いた。

—「低炭素社会」への模索と連動して、リチウムイオン電池が話題になっています。

山木  リチウムイオン電池はこの15 年で急速な進展を示し、携帯電話やノートパソコン、デジタルカメラ、カムコーダなどの携帯機器への適用はもとより、不得意とされてきた高出力を要求される電動工具にも使用されるようになってきた。また、出力特性の改善とともにハイブリッドカーやこれより電動走行時間を長くできるプラグインハイブリッド電気自動車、電池だけを搭載したピュア電気自動車の販売も開始されつつある。 本格的に事業展開されている小型電池に限れば問題点はないように見えるが、さらに電池の高性能化に対する要求は大きい。また、プラグインハイブリッド電気自動車やピュア電気自動車に用いる電池については、さらなる電池の改善が必要である。

—先生は、NTTの研究者だった1990年代前半、リチウム電池の安全性評価手法と基準を新しく決めたそうですね。同電池の研究が熱を帯びている割には、その安全性が話題になることが少ないように思います。

山木  リチウムイオン電池の事業化に対する課題は大きく分けて、[1]エネルギー密度および出力密度の増大 [2]発火などの安全性に係る問題の解決[3]安価な電池の実現 [4]基礎的課題の解決−−の4 つになる。このうち「安全性」は地味な研究であるが事業化にとって最も重要な研究である。安全性が確保されていて当然との考えもあり、公表される研究結果も多くはなく、忘れられがちである。しかし、ひとたび発火などの問題が起きた場合、電池およびそれを使っている産業界に大きな影響を及ぼしかねない。

私は30 年余りリチウムイオン電池の研究に携わっているが、安全性の評価を主なテーマにしたのは1990 年ころからだ。

1970 年代からリチウムイオン電池二次電池(充電可能な電池)正極活物質の研究が盛んに行われ、TiS2などの硫化物やNbSe などのセレン化物、V2O5などの酸化物が検討された。負極にはリチウム金属を用いる構成で、リチウム(金属)二次電池の研究開発である。この負極に用いるリチウム金属は問題点が多く、充放電寿命が短いことや安全性を電解液材料の変更により解決する必要があった。これらの問題点があるものの、1988 年から1989 年春にかけては、多くのリチウム(金属)二次電池の報道があり、すぐにでも事業化されるような状況であった。しかしながら、1989 年夏にNTT の携帯電話に使用していたモリエナジー製のMoS2リチウム(金属)二次電池が発火し、事態は急変した。小さなコイン型電池は別として、単三などの比較的大きなリチウム(金属)二次電池の安全性に心配が出てきて、ほとんどの開発が中断された。

当時、私はこの事故の原因究明と並行して、アブユーズ試験(くぎ刺し、圧壊など)をもとに発火の危険性を評価する手法と基準を確立した。

—その基準は、現在でもパスするのが難しい「ドコモ基準」として電池業界では知れ渡っています。

山木  NTT ドコモではこの事故を教訓にリチウムイオン電池の使用に先立ち、多くの安全性試験を行うとともに試験法の改善にも取り組んでいる。

この発火の事故から半年後の1990 年にソニー・エナジー・テック(現ソニーエナジー・デバイス株式会社)の安全なリチウムイオン電池の商品化の報道があった。この電池は、正極にLiCoO2を負極にハードカーボンを用いた電池であり、リチウム金属を用いていない。負極ではリチウムイオンが炭素層間に出入りすることで、充放電が生じるため、リチウム金属負極での問題点も解決でき、充放電寿命が長く安全性にも優れた電池である。

—その後、九州大学に移られました。

山木  九州大学に来たのは1997 年。ここではリチウムイオン電池の発火に至るメカニズムや、温度上昇時の電解液・正極・負極の分解発熱挙動など安全性にかかわる基礎的な研究を行っている。この研究には「示差走査熱量測定」や質量分析を用いている。この方法は、従来のアブユーズ試験では理解できなかった安全性の基礎を材料面の挙動にまで掘り下げることができる。この研究の過程で、2002 年に新規電解液としてジフルオロ酢酸メチルを発見した。この物質は、温度上昇時の分解発熱量が少なく、電池発火の危険性が小さい。

一方、温度を上げていくと分解発熱が起こるが、電池は密閉されているので発熱のメカニズムが解明できていない。私は2006 年、負極表面に形成される保護膜の温度上昇時の安定性について検討し、負極の発熱機構について考察を深めた。この研究をさらに進める必要がある。

—展望は?

山木  現在、正極活物質にLiCoO2やLiMn2O4、Li(Ni0.8Co0.15Al0.05)O2、Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2、LiFePO4を、負極に炭素やSn 系非晶質Li 合金を、電解質には電解液やゲルポリマー電解質を用いた電池が販売されている。また、事業化には至っていないが、多くの新規正極および負極の研究が行われている。

近年、電力貯蔵やプラグインハイブリッド電気自動車用のリチウムイオン電池の研究が活性化している。特に電気自動車分野では、米国や欧州、韓国、中国、台湾などとの国際的な競争が激しくなっている。その前提は発火の危険性のない安全な電池。電池の安全性に関する学術基盤の構築と新規材料の提案を行いながら、将来の素晴らしい発展を夢見ている。

—ありがとうございました。