2011年6月号
特集 - 「芸術と大学」の新デザイン
次世代ミュージアムの実験試行
顔写真

松本 文夫 Profile
(まつもと・ふみお)

東京大学総合研究博物館 特任准教授



600万点を上回る学内の学術標本のうち300万点以上を収蔵する東京大学総合研究博物館。学術研究の利用だけでなく、開かれた大学にするため独創的な企画展示で一般に公開している。模索する次世代のミュージアム像は?

東京大学総合研究博物館は1996年に開設された日本で最初の大学博物館である。東京大学に蓄積された600万点の学術標本のうち300万点以上が総合研究博物館に収蔵されている。これらの膨大な学術資源を基盤として、先端的な学術研究を推進し、独創的な実験展示を実践することが当館の特徴である。とりわけ、大学博物館は大学と社会の接点に位置する研究教育機関であり、その活動において開かれた社会実践が期待される。当館では開館以来90を超える企画展示を公開し、アート&サイエンス、デジタルミュージアム、モバイルミュージアム、ミドルヤード、オープンラボ、インターメディアといったさまざまな展示コンセプトを実践してきた。本稿では、当館が取り組んでいる最近のプロジェクトについて、3つのキーワード――モバイル、デザイン、メディア――を軸にして紹介する。

モバイル――ミュージアムの自己完結から相互連携へ
写真1

写真1 モバイルミュージアムの展示。
オフィスビルのロビー空間に
東京大学の学術標本が展示される。

次世代ミュージアムの1つの存在形式として、自己完結的な「施設型ミュージアム」とは異なる、相互連携的な「領域型ミュージアム」の可能性を検討している。そのキーワードとなるのが「モバイル」である。当館が実践する「モバイルミュージアム」とは、空間分散、人間連携、資源流動を特徴とするネットワーク型のミュージアムである。従来のミュージアムのように空間・人間・資源を1つの場所に集中させるのではなく、ミュージアムを小単位に分けて社会空間の中に分散させる。学校・企業・住宅・公共施設などの既存空間に展示コンテンツを配備し、それらを地域内で移動展開することで幅広い閲覧機会を提供し、都市領域を小さなミュージアムの集合体に変容させる。

モバイルミュージアムを構想した当館の西野嘉章館長は、この実験の眼目を「既存の概念・制度・建物の中に自閉し、未来への展望を持ちえずにいるミュージアム事業に、内から外へ、集中備蓄からネットワーク遊動へ、施設建物から都市空間へという、よりアクティブで、より機動的で、より効率的な事業モデルのあり得ることを、社会に向かって提案することにある」と述べている。

モバイルミュージアムは産学連携事業として始まった。興和不動産株式会社の研究支援を得て2006年に実験研究を立ち上げ、同社が管理する赤坂インターシティのロビーに最初の公開展示が設営された(写真1)。現在では国内外の実践総数が 50 を超えるまでに幅広く展開している。モバイルミュージアムは博物館の存在形式の実験であるにとどまらず、「社会制度の新たな設計」という広範な問題構制を背景に抱えている。すなわち、集中肥大した縦割りの専用制度を見直し、小単位の水平連携による柔軟な共用制度へ方針転換するという未来的課題である。大規模なハコモノ中心の施設整備を再考し、既存の社会資源の再編と再構築に力点を置いた制度設計が求められている。

デザイン――モノの収集保存から価値創造へ
写真2

写真2 総合研究博物館小石川分館における
「驚異の部屋」展。
「アート&サイエンス」のコンセプトによる展示。

ミュージアムの基本的な社会機能として標本資料の「収集保存」があるが、次のステップとして、収集された資源からの「価値創造」に期待がかかる。すなわちアーカイブを基盤とした「デザイン」の創発である。全世界で膨大なモノと情報が生み出され、ミュージアムの得意分野である「保存」は、すべての人間活動が直面する共通の課題となっている。モノと情報を現在的資産として継承する同時進行的な枠組みが必要とされている。収集された博物資源は、過去の記録として保存されるとともに、未来の創造の資源として再活用される。すなわち、膨大な博物資源を基盤として、新しい学術的知見を構築し、または新たな社会的営為を誘発することが期待される。

当館の展示活動や学術研究で提起されるコンセプトには、ミュージアムの定常状態を揺り動かす「デザイン」への志向性が随所に織り込まれている。「アート&サイエンス」(写真2)は、一見相反するアートとサイエンスに通底する横断的な感覚論理を創造と再発見に結び付ける。「マクロ先端」は対象の細分化と手法のミクロ化に抗する先端的かつマクロ的な研究視座を提示する。「ミドルヤード」は収集保存と展示公開に2局化するミュージアム機能を再編して境界域の融合空間を出現させる。「リ・デザイン」は古色蒼然たる過去の博物資源を現代的な文脈で再活性化してよみがえらせる。

デザインとは白紙から新たな形態を創出することだけではない。これまでの社会に蓄積継承された博物資源の中から多様なカタチやアイデアを引き出すことができる。そういう意味で、ミュージアムは「保存」の拠点であると同時に、「創造」の源泉であるべきである。

メディア――情報のプラットフォームとコンテンツ
写真3

写真3 「UMUTオープンラボ――建築模型の博物都市」展。
展示室に制作デスクが置かれ、
学生の模型制作を公開する。
(写真提供:インテリア誌DREAM)


写真4

写真4 「IMAGINARIA――映像博物学の実験室」展。
施設空間のさまざまな場所に映像を埋め込む。

ミュージアムにおける展示公開や教育普及は、伝えるべき内容(コンテンツ)とそれを載せる仕組みや場(プラットフォーム)の組み合わせによって多様な表現展開をもつ。このとき、歴史・自然・芸術・技術などの個別の内容領域に対して、それらを横断する「メディア」の存在が重要になる。言うまでもなく、ミュージアム体験の原点となるのは、実物のモノと直接対峙(たいじ)する身体感覚であり、メディアの介在は本質的ではないという考えもある。一方で、音声、文字、絵画、模型、写真、映像、情報といったメディアの発展は、事物事象を伝える補助的役割だけでなく、諸分野を統合横断する新たな表現手段としての役割を生み出した。

筆者が当館で担当した展示では「模型」と「映像」というメディアを活用した。「UMUTオープンラボ――建築模型の博物都市」展(写真3)では、世界各地の建築物を模型化し、学生による制作過程そのものを展示した。展示会場に置かれた制作デスクと展示古机が空間的なプラットフォームとなり、時間経過とともに徐々に展示物を増やしていった。「IMAGINARIA――映像博物学の実験室」展(写真4)では、学術標本や学内風景を映像化し、既存の博物空間の各所に埋め込むように映像を配置した。実在物と映像が共存するイメージの融合空間(IMAGINARIA)が実現した。

東京・丸の内で建設中のJPタワー(仮称)に計画中の「インターメディアテク」は、東京大学総合研究博物館と日本郵政グループの連携によって生み出される「間メディア館」としての文化活動拠点である。名称が示唆するように、各種表現メディアの創発的な融合を試みるとともに、「統合的ミュゼオグラフィー」なる新たな表現コンセプトを掲げ、オープンに向けた準備を進めている。

以上のように、東京大学総合研究博物館では、次世代ミュージアムの存在形式、社会機能、表現手段について具体的なプロジェクトを通して実験的に研究している。存在形式としてのモバイルは空間や人間を「つなぐ」ことに、社会機能としてのデザインはモノや仕組を「つくる」ことに、表現手段としてのメディアは価値や意味を「伝える」ことに関係する。ミュージアムはもはや単なるハコモノではなく、都市空間や情報空間を巻き込んだ全体システムとしてデザインされる対象である。